平成23(2011)年度「展覧会・文化財を見てきました。」

4月3日
滋賀県立安土城考古博物館
企画展 近江の観音像と西国三十三所観音巡礼
(2月11日~4月3日)
 滋賀県の観音像の優品と、三十三所巡礼に関係する考古・歴史・民俗資料の二本立てで展示。こういう構成になった
のは、図録概説にもあるように、もと考古学の展示として企画されたが担当者異動で美術史の展示となったことによ
る。こういう事態、全国でも多いと思う。異動は計画的に。そういった事情はあっても、会場の真ん中に屹立する来迎寺
聖観音立像(平安時代初期・重文)が展示を引き締める。いつみても何度見ても、前から見ても横から見ても、緊張感
にあふれて、見飽きない。仏画では法蔵寺如意輪観音像(鎌倉時代初期・重文)がそうした位置にある。図録あり(62
ページ・500円)。

寂光院
 安土城博を出て、野洲市の錦織寺(真宗木辺派本山)脇を通って(お参りだけした)、琵琶湖大橋を渡って山へ入り、
北から大原入りして寂光院へ。放火による焼失後、再建成った本堂で、やはり焼損後新たに造像された故小野寺久幸
(美術院国宝修理所前所長)作の大きな地蔵尊にお参り。お目当ては境内宝物館の、焼損した本尊像(重文)の胎内
納入品である、3000体余の地蔵菩薩の小像。5~6㎝ほどの像と10㎝ほどの像の二種。小像ゆえの造形の省略はあ
るも、何千体もの像を彩色・キリカネも含めて造る大きな信仰の力(勧進であったのだろう)に圧倒される。

京都市美術館
親鸞聖人750回忌・真宗教団連合40周年記念 親鸞展 生涯とゆかりの名宝
(3月17日~5月29日)
 大原から岡崎へ下りて、親鸞展鑑賞。なんといっても真宗教団連合による「大親鸞展」であるところが肝で、西も東も
高田も佛光寺も興正寺も木辺のものも一堂に会される。宗門的には親鸞自筆文書類が集約されることに大きな意味
があるだろう。当方は専修寺の親鸞聖人坐像(南北朝時代)、太子寺の善然坐像(南北朝時代・重文)、佛光寺の了源
坐像(南北朝時代)など、祖師像に注目して見る。図録あり(260ページ、2300円)。

京都国立博物館
特別展覧会 法然上人800回忌 法然 生涯と美術
(3月26日~5月8日)
浄土宗諸本山協力による「大法然展」。「Ⅰ法然の生涯と思想」「Ⅱ法然への報恩と念仏の継承」という章立て。全編で
知恩院の法然上人絵伝(国宝)48巻を駆使し、またそのほか法然上人絵伝の諸本も集約しており、絵巻物にみる法然
展というスタンスを貫いている。絵巻物で人物を語らせるのは、魅力あふれる絵画資料であるだけに効果的だが、歴史
叙述を縁起に寄りかかって行っているように見えてしまうことは、ナショナル・ミュージアムとしては諸刃の剣。もちろん
図録掲載の論文(平雅行・若杉準治・大原嘉豊)にそのような偏りはない。よい絵巻、絵伝、仏画が集まって眼福だが、
もう少し浄土宗の仏像・肖像彫刻の優品もみたかったなあとは思う。図録あり(294ページ、2300円)。

八幡市立松花堂美術館
御鎮座1150年記念 石清水八幡宮展
(3月18日~5月8日)
室町時代の女神像2躯(府指定)や八幡縁起絵巻、僧形八幡神の画像、古文書などから、石清水八幡宮の歴史と文
化を眺める。図録なし。

石清水八幡宮
春の文化財特別公開
(3月26日~4月10日)
恒例の文化財公開。今年の目玉は、天平12年(740)書写の藤原夫人願経(観世音秘密無礙如意輪陀羅尼蔵義経)。
鎌倉時代、角寺(海竜王寺)から石清水の神宮寺である大乗院に伝来し、幕末の動乱期に社殿若宮に避難して入れら
れ、近年発見されたもの。同様に若宮社殿から発見された道教風が顕著な篝火御影(八幡曼荼羅)も展示。走井餅を
お土産に買って帰宅。

4月9日
金峯山寺
春の特別展 寺宝にみる金峯山の信仰
(3月26日~5月8日)
 アタマを修験に切り替えるため、まだまばらな咲き具合の吉野山に登り、金峯山寺参詣。境内では採灯護摩の準備
中。蔵王堂後方の本地堂で開催中の同展を拝観。重文・千手観音像は坐像の姿に描いた鎌倉時代の一幅。南北朝
~室町期の吉野曼荼羅2幅、室町期の役行者前鬼後鬼像が絹目も見えるほど間近に露出展示。ほか蔵王権現鏡像
(重文)や三昧耶五鈷鈴(重文)なども。帰り際、弘願寺にもたちより正元2年(1260)弁貫作阿弥陀如来立像(県指定)
を遠目に拝観。

4月29日
高野山霊宝館
企画展 宝を護れ!―大正時代の保存プロジェクト―
(4月29日~7月10日)
 大正10年(1921)に高野山内の宝物を保存し展観する施設として開館した高野山霊宝館がいかに作られたのか、関
連資料を網羅して明らかにする。根津嘉一郎、益田孝、上野理一、渋沢栄一、高橋是清、馬越恭平、団琢磨、原三
渓、村井吉兵衛、松方幸次郎、野崎広太、高橋義雄など蒼々たる発起人の名を見るだけでうなる。ほか歴史学者では
黒板勝美、荻野仲三郎が参加、建築設計は大江新太郎。初代館長は土宜法龍。霊宝館本館紫雲殿は、阿弥陀聖衆
来迎図(国宝)の展観場所として作られた。名称はその乗る紫雲から取られている。原本が4月29日~5月22日の期間
で展示中。放光閣の仏像展示はLED光源が導入。建設の意趣を受け継ぎながら、開館100年に向けて、従来の枠組み
を超えた展示にチャレンジしている霊宝館に注目。リーフレットあり(16頁)。

5月1日
歴史館いずみさの
企画展 泉佐野サムライ列伝―日根野氏と和泉の中世武士たち―
(4月23日~6月5日)
 泉佐野の地で活躍した在地武士日根野氏、樫井氏、上郷氏、多賀氏、佐竹氏などについて、古文書をずらっと並べ
て提示。最新の研究成果が展示に反映された誠実な内容であるので、それだけに、一部文書がスペースの制約で負
荷をかけたかたちで展示されていたり、パネルの仕上がりや取り付け方がやや荒いのがもったいない。ただ、パネル
作り一つとっても、学芸員個人の見聞と努力だけでスキルアップするのは限界があるので、仕上がりの精度を高めるさ
まざまな展示手法を掲載したガイドブックなどがあれば助かる施設は多いだろう、と思う。図録なし。

5月2日
興福寺
北円堂春期特別公開
(4月23日~5月8日)
 恒例の御開帳。誰も並んでいない落ち着いた北円堂で、しばし拝観。運慶自身が目指した理想の救済者像表現の到
達点。先日の高野山霊宝館では八大童子のうち清浄比丘像を拝観したが、理想化された運慶像から逃れて人間運慶
の実像に迫るにはどの作例からアプローチするか、という視点も必要だろう。リニューアル後の国宝館を初訪問。こち
らはすごい人。

奈良国立博物館
誕生!中国文明
(4月5日~5月29日)
 用事を済ませて、GW中は月曜日も開館中の奈良博に、ラッキーと入館。東博の展示ではライティングに懲りまくって
いたが、奈良博ではよい意味でいつも通りで、落ち着いて館賞。入館者数はぼちぼちのよう。なら仏像館(本館)で海
住山寺本尊十一面観音立像をじっくり拝観。

5月21日
道成寺
そばによったので立ち寄る。宝仏殿で林立する仏像群をしばし拝観。別世界。

5月29日
神戸海洋博物館(カワサキ・ワールド)
今日を逃すとしばし遊んであげられないかも、なので、台風接近にもかかわらず、子のリクエストで神戸のカワサキ・ワ
ールドへ。最近バイク好きの長男(7)は、バイクにまたがってご満悦。船の進水式の映像もおもしろい。

6月12日
国立民族学博物館
特別展 ウメサオタダオ展―知的先覚者の軌跡―
(3月10日~6月14日)
 民族学者、国立民族学博物館初代館長梅棹忠夫の回顧展。梅棹の研究者としての足跡を世界各地の諸調査の資
料から見せ、また梅棹の名を広めた知識の整理法(京大式カード・こさね)を前面に提示。また、梅棹の特徴的なコトバ
をバナーにして展示室内にちらす。全体的に、資料から語るというより、資料を挿図のように使っている印象。図録あり
(144ページ、1890円)。図録内容は展示とはリンクせず、さまざまな研究者の手記で梅棹の人物誌がかたちづくられ、
充実している。

6月16日
京都嵯峨芸術大学附属博物館
重要無形民俗文化財嵯峨大念仏狂言展 面の世界
(5月31日~6月19日)
 嵯峨・清凉寺境内で行われる大念仏狂言で使用されてきた新旧約100面の仮面を一堂に公開。うち前近代のものは
48面。中世仮面としては、享禄2年(1529)の伯蔵主は後補の彩色でやや茫洋とした印象だが、下層に古い彩色層が
残る。天文18年(1549)銘の女面は素朴な表情だが、型にはまらない造形で、中世仮面らしい。桃山時代の「キヒヤウ
ヱ」作銘の深井は、深井面としての完成形の型を踏襲。ほか、天下一友閑、出目満永の作面も若干。祖父(おおじ)や
「供」の面、大念仏面など、独自の造形のものも。リーフレットあり。

佛教大学宗教文化ミュージアム
特別展示 愛宕山をめぐる神と仏
(6月13日~7月9日)
 愛宕山の信仰を伝える文化財を展観。金蔵寺の勝軍地蔵騎馬像は、もと愛宕山の本尊で、近世初期ごろ作か。西
林寺の太郎坊大権現倚像は高い鼻、羽根を生やした天狗の姿。慈眼寺の明智光秀坐像は目を吊り上げた厳しい風
貌の肖像彫刻。ほか近世初期頃の愛宕山曼荼羅(勝軍地蔵、不動明王、毘沙門天、合掌する僧形像、役行者前後鬼
などを配置)や、平安時代の仏像もいくつか。普段は出陳が難しい像が含まれ、いつもながら佛大ミュージアムの底力
を感じる。珍しい近世彫刻を間近に見られるありがたさ。図録無し。

広隆寺
 脇を通ったので、立ち寄っておく。霊宝殿内の仏像群を、特に院政期のものと蔵王権現(か、どうかわからないが)と
神像を中心に拝観。重要な仏像が多すぎる。講堂の阿弥陀・地蔵・虚空蔵も拝観。

龍谷ミュージアム
龍谷ミュージアム開館記念・親鸞聖人750回大遠忌法要記念 釈尊と親鸞 第2期
(6月7日~7月24日)
 今年春に開館した龍谷ミュージアムをようやく訪問。釈迦と親鸞をテーマに、多数の資料を収集。横曽根門徒発願の
可能性がある徳治二年(1307)茨城・円福寺阿弥陀三尊像や、本願寺大仏師の康雲作傳大士三尊像など仏像の出陳
もバラエティーに富む。滋賀・妙安寺の木仏箱は、本尊が本山より下付される際の箱で、内箱には布団がいれられ、そ
れを足つきの櫃にいれ、さらにながえのついた家型外容器に収める。そうかこういう大層なことをするのかと、おどろき
の一点(地味だが)。会期は6期まであり、毎回展示資料は入れ替わり、また毎回図録を作成するとのことで、学芸部
門のご苦労が偲ばれる。図録は、通期用の仏教の発生と伝来を通史的・トピックス的に押さえる本(200ページ、2500
円)と、各器の作品図録(34ページ、750円)。

大和文華館
開館50周年記念特別企画展Ⅰ 信仰と絵画
(5月14日~6月19日)
 大和文華館所蔵の宗教絵画を展観。館蔵品中、先般マニ教絵画と新たに判明した六道図を軸に、各家所蔵のマニ
教絵画を集約。日本に実は多数残っていた元代のマニ教絵画というジャンルが、ほぼ確立された。それらマニ教絵画
の制作環境の比較のために、元代の寧波仏画も集めていて、贅沢な空間が作られる。そのうち個人蔵の宇宙図は、
『大和文華』121号に記載の吉田豊論文をみると、国際マニ教学会でスライドを見せると会場が凍り付き、世界遺産級
の資料だと賞賛された、とある。さらりと並んでいる一幅に世界宗教の本質へとつながる底知れない深まりを感じること
ができ、有益。図録は、マニ教絵画のみを集約したものがあり(16ページ、350円)。

7月10日
金剛寺
 そばを通ったので、河内長野市の天野山金剛寺に立ち寄る。宝物館で、今年新たに重要文化財になった多宝塔安
置の大日如来坐像(12世紀後半)、平成17年に重文となった五智如来坐像(12世紀後半)をじっくり拝観。平安時代後
期の奈良仏師の様式についてしばし考える。
 伽藍では、金堂が修理中のため覆屋に覆われるが、裏山から諸建造物の甍(といっても檜皮葺だが)の連なりをなが
める。その後、子を連れて関西国際空港へ。展望ホールから離発着する飛行機を眺め、構内見学バスツアーに空き
があったので参加。着陸する飛行機を轟音とともに間近にみる。

7月16日
雄山神社(前立社壇・中宮祈願殿)
 前日夜に富山市入りし、朝から立山へ向けて出発。まず岩峅寺の集落内にある雄山神社前立社壇(旧岩峅寺<立山
寺>)に参拝し、続いて立山博物館脇の雄山神社中宮祈願殿(旧芦峅寺<中宮寺>)に参拝。それぞれ中~近世に立山
信仰の拠点となった場所。
 
富山県[立山博物館]
・企画展「綜覧 立山曼荼羅―こころをうつす絵鏡―」
 (7月1日~9月25日)
 立山博物館の開館20周年を記念して、立山博物館と水墨美術館の両会場で立山曼荼羅を特集。立山博物館会場で
は、立山曼荼羅の機能とそれが受容された背景を解説。近世の儒教・仏教論争を巡る言説を通して、近世社会におい
ては物事の本質が「心」にあるとする唯心論的理解が一般的であったことを示し、立山曼荼羅とその唱導はそうした心
のありようを映し出す「絵鏡」として機能したことを論じる。
 慈興上人坐像(芦峅寺雄山神社蔵、重要文化財)は杉材を用いた鎌倉時代の肖像彫刻。内縛印を結び眉根を寄せ
た沈鬱な表情が特徴的で、山岳修験の霊場の開祖に求められた優れた験者の理想像を如実に表す。図録は両会場
共通のものあり(136ページ、2000円)。ただ、立山博物館会場の展示資料は掲載されておらず(展示概説はあり)、残
念。

日石寺
 立山博から市内へ戻る途中、昔から訪れてみたかった日石寺へ向かう。門前で素麺と山菜を食べてから、不動明王
及び二童子像の巨大な磨崖仏を拝観。平安時代末頃の作風を示し、重要文化財。案外オープンに拝観できる(脳内で
勝手にふくらんでいたイメージとしては、行者の修行場所に入れてもらいにらまれながらおずおずと拝観、だった)。現
在は新しい本堂が巨岩にとりつくが、岩の側面をみると庇など取り付けた加工跡もあり。 

富山県水墨美術館
・企画展「綜覧 立山曼荼羅―絵で知る立山信仰の世界―」
 (6月18日~7月18日)
 会期を数日残して、なんとか馳せ参じる。水墨美術館の広々とした展示室いっぱいに、48件の立山曼荼羅がひしめ
く。立山博(および学芸員福江さん)のこれまでの研究の蓄積があってはじめて成り立つ、空前絶後の景観。従来江戸
時代前期のものとされていた来迎寺本も、最近の蛍光X線撮影でわかった顔料の特徴から江戸時代後期の作成とみ
られることが提示され、立山曼荼羅が江戸時代後期に作られた絵画ジャンルであることが明確になった。
 一つの絵画ジャンルの生成と展開が、物語と絵画の分析、布教の主体と受容者(信仰者)の広がりの緻密な分析に
より飛躍的に明らかになっており、その作業を追体験する上で、現存する(ほぼ)全資料の鑑賞はかけがえのない宝と
なる。展示方法では、赤外線撮影の画像も掛幅形式にしたり、解説キャプションがとても大きく、また解説ごとにみどこ
ろを短文で提示して同一主題の資料を多数提示することの「デメリット」を回避する工夫も参考になる。図録(136ペー
ジ、2000円)には全資料のカラー図版が掲載される。

7月24日
高野山霊宝館
・特別展「女性と高野山」
 (7月16日~9月25日)
 子を連れて高野山周辺散策。秋の特別展で取り上げる神野真国荘(紀美野町)の山中、宿泊施設のかじか荘で流し
素麺を食べ、花園荘(かつらぎ町)に移動して恐竜ランドの洞窟めぐりで遊んだ後、高野山上に登る。 長く女人禁制で
あった高野山であるが、荒川荘と荒川経を寄進した美福門院(陵墓も山上にあり)や、金剛三昧院の創建や天野社の
祭神増加にも関わったとみられる北条政子、秀吉母大政所の菩提をとむらって建立された剃髪寺(のち青厳寺、現在
の金剛峯寺)などなど、女性との関わりも深い。そうした女性と高野山の関わりを示す資料をチョイスして展観する。
 なんといっても、前期(~8/21)の目玉は、仏涅槃図(応徳涅槃)。本館正面に展示され、前にはありがたいことに椅
子あり。ひぐらしの声が遠く聞こえる中、だれもいない室中で、しばし応徳涅槃と向き合う。今、日本で一番贅沢な空間
でなかろうかと、勝手に思う。
 資料のチョイスとしては、天川弁才天像(親王院)、摩利支天像(宝寿院)、荼吉尼天像(桜池院)、刀八毘沙門天像
(親王院)、武装する四社明神像(金剛峯寺)といった特殊な尊像に注目。後期(8/23~)では、弘法大師・丹生高野両
明神像(問答講本尊、重文、金剛峯寺)、善女竜王像(国宝、金剛峯寺)が主な展示替え。運慶作八大童子像の中から
は、恵喜童子像を展示。図録なし。

7月27日
奈良教育大学教育資料館
・妙法寺展 繋-あなたと吉備真備と妙法寺-
(7月25日~7月30日)
 恒例となっている、奈良教育大学大学院教育改革推進プログラム「地域と伝統文化」教育プログラムの一環としての
展示。本年から、橿原市東池尻町の妙法寺(通称:御厨子観音)を取り上げる。御厨子山妙法寺縁起絵巻は吉備真備
の入唐の物語を繰り広げる新出の資料で、元禄9年(1696)銘あり。注目は大日如来坐像。像内に銘があり、従来文
安2年(1445)と読まれていた年紀が新規調査で元亀2年(1571)と判明。制作者は椿井式部で、奈良町の「柚留木」と
いう地名や、追善のための過去者の名前などが判読されている。戦国期の椿井仏師の動向はほとんど明らかになって
いないが、こうした新出の作例の出現によって、宿院仏師と同時代の正統な奈良仏師の実像に少しずつ迫ることが可
能となろう。絵巻を立体的な絵画に変身させる立版古作成のワークショップあり。院生さんの発案とのことで感心。さっ
そく参考にさせてもらおうと、作り方など聞く。図録あり(52ページ。ただし自家制作版、受付で要確認)。

奈良国立博物館
・特別展 天竺へ~三蔵法師3万キロの旅
(7月16日~8月28日)
 藤田美術館の玄奘三蔵絵(鎌倉時代・国宝)12巻を、とにかくどどーんと全部展観する、一点突破の好企画。前期
(~8/7)・後期(8/9~)で全て巻き替えされるが、展示では作品に対応させて詳細な大型パネルが準備され、前期分・
後期分の画面をその場で把握でき、会期を通じての展示ストーリーの維持に周到な準備がなされている(本紙の横幅
寸法を一紙ずつ足し算しながら展示ケースとパネルの準備をしている様子が目に浮かぶ)。藤田本の画面構成・細部
の描写の緻密さ、顔料の鮮やかさ、保存状態の良さは驚異的。興福寺大乗院伝来資料であり、法相宗祖としての玄奘
からの血脈相承の証として機能したとする図録谷口論文(谷口耕生「総説 玄奘三蔵絵-三国伝灯の祖師絵伝-」)
の指摘に納得。ほか藤田美術館所蔵の大般若経(魚養経)387巻、釈迦十六善神像の優品、五天竺図の諸本を展
示。図録あり(264ページ、1800円)。

・特別陳列 初瀬にますは与喜の神垣-與喜天満神社の秘宝と神像-
(7月16日~8月28日)
 奈良県桜井市、長谷寺の鎮守である与喜天満神社の歴史と地域で育まれた文化を、神社と長谷寺の資料から展
観。なんといっても、初公開となる神像群に注目。主祭神の天神坐像は、像内に正元元年(1259)の年紀と十一面観音
を毛彫りで描いた六花鏡を納める、等身大の堂々たる像。昭和初期の修理でその存在は知られていたが、その後長く
調査は許されず、こうしたかたちで拝観できることを喜びたい。そのほか角材を粗彫りしてあらわしたプリミティブな神
像(平安時代後期)も神像研究上重要な新出資料。ほか、天満神社で中~近世に行われた連歌関連資料や、与喜天
神に奉納された戦国~桃山時代の鎧(重文)、江戸初期の神輿など。図録あり(72ページ)。
 奈良の地域史を新資料の紹介や高い水準の調査研究の成果により提示する本展のような機会は、県立博物館のな
い奈良にあってきわめて貴重なものである。奈良県全域をフィールドとし県民に寄り添い親しまれる地域博物館として
の顔は、国立博物館としての使命とともに、地域とともにある「ならはく」の存在基盤の一つである。良心と見識と愛情
で、なんとかこれからも維持して欲しい。

8月1日
観心寺
 特段用事のない午後。論文に向き合いたいが、子がいるとそうもいかず、とりあえず車に乗って走り出す。すると午前
中にスイミングスクールに行った子らが昼寝に突入。それならばと、河内長野市の観心寺へ。霊宝館を独り占めして、
9~12世紀の平安時代彫刻の数々を堪能。目前の論文で苦しんでいる10世紀と11世紀の狭間の年代観に答えを出す
ために、眼を平安時代彫刻にならす。とはいえ、観心寺の仏像群の年代比定も一筋縄ではいかない。ま、心が少し穏
やかになったからよしとする。 境内を散策して行者堂に参ったところ、柱に打ち付けられた明治の碑伝あり。頂部近く
に近世の葛城修験特有の深蛇大王・二上権現の護法神名を記した聖護院によるもの。おおー、こんなところにと、おど
ろく。葛城修験の行場そのものではないだけに、皇国史観における楠公信仰との関わりで行場に組み込まれたものか
と、いろいろ想像が膨らむ。

8月7日
名古屋市博物館
特別展 仁王像修復記念 甚目寺観音展
 (7月16日~8月28日)
 仁王像修理を機として、本寺と塔頭の寺宝を中心に、甚目寺の歴史的展開と文化の諸相を総合的に展示する。仁王
像は像高約350㎝の巨像で、修理に際して発見された像内銘から、慶長2年(1697)に福島正則によって奉納されたこ
と、制作に当たったのは大大工西村又蔵・吉田彦宗、小工吉蔵・市蔵であることが判明。一見鎌倉時代風が濃厚な本
像であるが、肩の筋肉、君裾の表現、筋肉の質感など細部表現には形式化が見られ、像内銘が確かに制作時期を表
していると判断される。近世初頭における鎌倉時代様式の復活という問題は、同時期に豊臣氏関連の国家的造像事
業で七条仏師(康正)が唐様から鎌倉風に作風を転回させていることと関連するだろう。福島氏はそうした最新のトレン
ドを自らの故郷に移植したとみられる。展示室内に子どもが遊べる仁王像の組み立て式構造模型があり、体験型のさ
われる資料として参考になる。 ほか、注目は本展開催にあたって修理が施された鎌倉時代の愛染明王坐像で、像内
に納められていたカプセル状の容器に小さな愛染明王像(五指量愛染)が納入されていることが発見。本展で公開され
た後は像内に戻されるとのこと。また元本堂安置の大徳院不動明王立像は、平安時代中~後期ごろの等身大の像。
迫力ある威相が独特。 図録あり(144ページ、1500円)。コラムも多く、名古屋市博(及び名古屋市の他施設)の学芸
員の総合力が存分に発揮されている。

トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館
 同行した子のために訪問。旧豊田紡織本社工場跡地で、レンガ造りの建物を再生した広々とした施設で、いろいろな
織機と、車の構造や部品、制作課程を実物サイズで展示。車好きの長男が目を輝かせ、親もギアの仕組みや過給器
付きエンジンの構造など新鮮に勉強。開催中の特別展「和・魂・洋・才~西洋の科学技術を活かした江戸の技~」(7月
16日~9月4日)では学芸員による実演中。図録を「本屋では売っていません。ここでしか買えませんよ。」と宣伝。そう
か、そんな言い方があったか。

8月15日
葛城市歴史博物館
企画展 重要文化財 当麻寺縁起絵巻-上巻-
(7月16日~8月15日)
 最終日に滑り込む。享禄4年(1531)に制作された当麻寺縁起(重文)3巻のうち上巻を展観。土佐光茂の絵、青蓮院
尊鎮親王・梶井入道彦胤親王の詞書。見返しに芝琳賢の来迎図があるが、巻き替えで絵巻後半が展示中のため見ら
れず。役行者の霊験譚が大きく取り上げられ、本縁起成立期における修験の勢力の大きさを物語る。古代寺院として
の当麻寺は、浄土信仰の聖地と葛城修験の重要拠点という二つの信仰軸によって激動の中世を乗り越えた。ほか、
高雄寺(葛城市)の役行者像は元応元年(1319)銘を持つ基準作例。広葉樹(楠か)を用いて、頭体のみならず両足や
長いあごひげも一材から彫り出す。背面には「河州阿宿部郡岩壺寺」とあり。側面も背面も間近にみられて大変参考に
なる。図録なし。 館を出て、思い立って葛城山麓の寺社を巡拝することにする。鴨山口神社、九品寺、葛城一言主神
社、極楽寺、高天原神社、高鴨神社、鳳凰寺、久留野御霊神社、地福寺、草谷寺、大澤寺と車で巡り、葛城修験の痕
跡をたどりながら、鎮魂の祈り。

8月16日
談山神社
 社殿の地下に、第二次世界大戦中にもうけられた防空壕内から出土した仮殿を公開中。実際に神像(現在は新廟拝
所<旧妙楽寺講堂>で公開)が一時期遷座されていた。御神体をいかに守ろうとしたかを伝える貴重な痕跡。出土後、
木枠に取り付けられて公開されているが、土中していただけに、状態はかなり脆弱な感じ。ココロを伝えるために、カタ
チを維持することも重要なことである。

菅生寺
 談山神社から吉野へと下っていくと、吉野町平尾の集落。見上げると龍門山がある、修験の寺、菅生寺(すぎょうじ)
へ。義淵僧正が創建した龍門寺の別院とされ、その痕跡を現在に伝える。本堂裏手に、義淵墓所とされる五輪塔あ
り。鎌倉時代のもので義渕とは時代が合わないが、発掘調査で銅製舎利容器ほかが出土しており、奈良県指定文化
財となる。そばにある笠塔婆は三輪上人慶円の廟所。建武3年(1336)、慶円から4代目の昭海が建立したもの。慶円
は菅生寺の中興とされ、当地で多数の経典書写をしたらしい。三輪流神道を興隆させた慶円の行者的性格がうかがえ
る。三輪と吉野・龍門はまっすぐ北に10キロほど山をこえるだけで、案外近い。

吉野山
 吉野歴史資料館を訪れ、吉野町史増補編を購入。休館日のところ、臨機応変のご対応を賜り、恐縮と感謝。その後
吉野山に登る。如意輪寺では源慶造像の蔵王権現立像(重文)および厨子と、平安初期の如来立像、吉野参詣曼荼
羅に注目しつつ拝観。櫻本坊では本尊の蔵王権現倚像(重文)拝観。等身大で青年の風貌に表された特殊な像。大日
寺では五智如来坐像(重文)。平安時代後期の像で、もと日雄寺の像であったとされる。蔵王堂にも立ち寄る。仁王門
の康俊・康成造像の巨大な仁王像も拝観。山を下りて、世尊寺(比曽寺)にも参拝。来月25日に、和歌山県立博物館
友の会でこれら寺院を巡るツアーを行うので、下見がてら、鎮魂の礼拝行脚を行った次第。

8月21日
和歌山県立自然博物館
特別展 うなQ-ウナギの不思議-
(7月20日~8月31日)
 ウナギの生態についての最新の研究成果と、ウナギと人との関わりを展示。ウナギの幼生、近代期に作成されたオ
オウナギの剥製、ウナギを描いた絵馬、ラズウェル細木の漫画『う』の複製原稿まで、バラエティーに富む内容。図録あ
り(300円)。当方も、白浜町のオオウナギ観音についてのコラムで協力してます。

海南市立下津歴史民俗資料館
もう一度見たい絵、書、文書、工芸展(前期展)
(4月2日~8月31日)
 今年度で閉館となる同資料館の収蔵資料を展示。三郷八幡神社の八幡縁起絵巻(江戸初期)、竹園社の阿弥陀三
尊像(室町時代)ほか、近世~近代の文人画や古文書など。長保寺参道にあり、お寺にもお参り。国宝の多宝塔・仁王
門、重文の鎮守社は修理のため覆屋の中。紀伊徳川家の歴代藩主の広大な墓所も巡る。

8月28日
藤原文化センター
藤原町の仏教文化展
(8月28日~8月29日)
 三重県の最北部いなべ市藤原町の、藤原町仏教会の60周年記念事業。真宗関連資料が多い。明源寺の方便法身
像は天文6年(1537)銘、聖宝寺聖徳太子像は慶長16年(1611)銘あり。ほか蓮如の六字名号が多数。解説集あり(30
頁、500円)。図版がないのが残念。ついでに町内の中里ダムも見学。

8月31日
東京国立博物館
特別展 空海と密教美術
(7月20日~9月25日)
 資料調査のため東博へ。特別展は見られないかもと覚悟していたが、調査が順調に進んで完了し、いそいそと観
覧。真言の各宗派・本山のバックアップで、重宝が一堂に展観される。出陳資料99件のうち98.9%の資料が国宝・重文
というキャッチコピーだが(のこり1点は竜光院の金念珠)、それはそのまま展覧会開催にあたっての新規調査の機会
がなかったということでもあるのだろう。
 東寺講堂諸尊のうち8躯を正面・側面・背面から間近に鑑賞できる貴重な機会を得られることをはじめ、仁和寺阿弥
陀三尊、醍醐寺薬師三尊、五大明王、獅子窟寺薬師如来といった重要な彫刻資料を果敢に一堂に集めてくれたこと
で、初期密教彫像の展開を一所で把握できる絶好の機会。なお、講堂立体曼荼羅のパートには、空間の聖性の構築
のためにはやはり中央に大日如来がほしかったところ。写真パネルでもよかった。図録あり(2500円)。

9月11日
吹田市立博物館
特別展 さわる-みんなで楽しむ博物館-
(9月4日~10月10日)
 吹田市立博物館では、2006年から2010年まで「さわる-五感の挑戦」展を開催してきた(→2010年の展示の感想)。
今回はその集大成として展示の理論化と進化を進める。土器やレプリカ、民具、楽器などに自由にさわり、音を鳴ら
し、匂いをかいで、触覚・聴覚・嗅覚を使って資料を体験してもらい、見るだけでなくさわることを通じて利用者の中に知
のつながりをうながそうとする試み。
 博物館に連れていっても普段はすぐ飽きる子(2人)が展示を満喫していたので、さわることの効果の高さをあらため
て感じる。ハンズ・オンの目的を、単にさわって楽しむのレベルから、いかにさわって深く知ることに引き上げることがで
きるかという課題を、さわることで足りない情報を自ら得、自ら考える参加型のプロセスの設定によって回答している。
特殊な盛り上げ印刷によるさわってよめる図録(変形B5版、22ページ、2200円)も用意する。

9月18日
松尾大社宝物館
・公開神像特別展
(9月10日~9月25日)
 近時の調査で新たに見出された、松尾大社の摂社・末社の神像を公開。発見された18体のうち、状態のよいもの7
体を選んでの限定的な展示ではあるが、珍しい笑相の男女神像(平安後期)や、康治2(1143)年銘を有する神像とし
ては最古の紀年銘を持つ女神像など、今後の神像研究の上で極めて重要な発見を直ちに共有できることはありがた
い。摂社月読社の女神坐像(平安後期)、重文の三神像(平安前期)もあわせて拝観でき、贅沢な展示空間。図録『松
尾大社の神影』(2500円)の発刊記念事業という位置づけ。

9月25日
世尊寺
 和歌山県立博物館友の会のバス研修旅行で吉野の仏像を巡る。世尊寺は吉野郡大淀町比曽に所在し、比曽寺・吉
野寺・現光寺ともいう。『日本書紀』欽明天皇14年(553)条に、海上に浮かぶ光る樟から仏像2体を作り、その像が吉
野寺にあるとする。境内からは飛鳥時代(6~7世紀)の瓦が出土。奈良時代には渡来僧の神叡や道?が入寺し、山林
修行や観仏体験などをもとに自ら仏菩薩の智を得ようとする自然智宗の拠点ともなった。
 本堂脇壇に安置される十一面観音立像は、像高217.0㎝で、本来は台座蓮肉部を含んで頭と体を一木から造ってい
たが、当初の頭部は失われ、鎌倉時代後期ごろのものに替わっている。均整の取れた体躯で、ねばりのある衣紋の
表現などは捻塑的な感覚があり、薬師寺講堂の弥勒三尊像のうち脇侍菩薩像と類似するという見解もある。奈良時代
後半頃の造像で、吉野地方にのこる木彫像として最古の作例である。ほか、聖徳太子立像(鎌倉~南北朝時代)、江
戸時代の作ながら飛鳥時代風の趣をもつ阿弥陀如来坐像(本尊)など。
    
如意輪寺
 南北朝時代の「忠臣」楠木正行のエピソードで著名。宝物殿に安置される蔵王権現立像(重文)は、像高91.5㎝、迫
真的な怒りの表情、均整の取れた体躯の表現など、細部まで洗練した出来映えを示す。左足ほぞの朱漆銘に嘉禄2
年(1226)9月12日に筑後検校源慶によって造像されたことが記される。源慶は承元2年(1208)から建暦2年(1212)に
かけて、運慶が大仏師として興福寺北円堂の造像を行った際に本尊弥勒仏坐像の造像を担当した、運慶工房におい
て重要な役割を担った有力仏師。ほか平安時代初期の如来形立像、桃山時代の吉野曼荼羅も拝観。

櫻本坊
 近世においては修験道当山派において十二先達とよばれる独自の地位を有した重要寺院。大峯山寺を管理する護
持院五か寺の一つ。
 本尊役行者倚像は総高146.6㎝、等身を超え、髭を表さない若々しい表情が珍しい鎌倉時代の作。脇壇の老相の役
行者像(鎌倉時代)も結跏趺坐する姿の珍しい作例。

東南院
 境内の多宝塔は、もと和歌山県紀美野町の野上八幡宮境内にあったもので、明治時代に民間に流出し、和歌山の
相場師松井伊助氏が所有して一時期は和歌山市内六三園の庭に建てられていたが、その後転売され、昭和13年に東
南院に移築された。多宝塔に懸けられた鰐口には「永禄七年甲子八月十五日本願江州真賢上人敬曰紀州那賀郡野
上郷八幡宮鰐口」の銘あり。多宝塔の本尊大日如来坐像(奈良県指定文化財)も野上八幡宮旧蔵の可能性が高い。
平安時代後期の作。

金峯山寺蔵王堂
 金峯山寺蔵王堂(国宝)は、高さ約34mの大きさを誇る桃山時代の巨大建造物。天正14年10月30日夜に前身堂舎
が焼失したのち、翌年立柱、天正20年(1592)ごろまでに完成。内陣厨子内に安置される3躯の蔵王権現立像は、中尊
の像高728.0㎝を計る巨像で下御門仏師作。桃山期の仏像として最大のもの。来春公開予定。
 蔵王堂内にはほかに、吉野の奥の院と称された安禅寺蔵王堂に安置されていた像高459.0㎝の蔵王権現立像(鎌倉
時代)、像内に骨灰を塗った釈迦如来立像(鎌倉時代)、納入品の経典に文永11年(1274)の銘がある聖徳太子及び
二王子像、文和3年(1353)康成作の薬師如来坐像など拝観。同じく康成作の仁王門安置の仁王像は延元3~4年
(1338~9)の作で、像高が5mを超える巨像。

弘願寺
 銅鳥居そばにあり。本尊阿弥陀如来立像は文応元年(1260)に僧重深(東大寺学侶)を願主として、仏師弁貫によっ
て造像。元は聖武天皇佐保山南陵の前に位置した眉間寺新堂安置の像で、江戸初期には吉野へ移動していた。頭部
と胸部の肉身部を着衣の縁で割り矧ぎ、両足先部を別材製とし、像底からでた足ほぞの穴を貫通させて差し込む技法
は鎌倉時代前~中期の善派仏師の作例に特徴的に見られる。

9月27日
増上寺
戦後初の一般公開 国指定重要文化財 増上寺 三解脱門
(9月17日~11月30日)
 増上寺三解脱門上層に安置される、釈迦三尊及び十六羅漢像の一般公開。近年の調査で釈迦三尊のうち両脇侍の
頭内に大仏師宗印・式部・弁蔵の名と過去者として宗貞の名が確認され、下御門仏師の作例と判明したもの(淺湫毅
「増上寺三解脱門の釈迦三尊像および十六羅漢像について」(『学叢』30、2008))。
 実見したところ、釈迦三尊の作風には宿院仏師からの連続性(及び下御門仏師としての特徴)が明確だが、十六羅
漢像では断絶があり、耳の形も類似より相違が多く、釈迦三尊と十六羅漢の一具性についてはなお慎重な検討が必
要と判断。三尊の台座は、例えば獅子が奈良県・竹林寺の宿院仏師源次・源四郎・源五郎・良紹作の獅子座(永禄4・
1561)と類似し、当初のものとみてよさそう。ちなみに源四郎=宗貞、源五郎=宗印です。
 『三縁山史』に釈迦三尊十六羅漢はもと長門国泰然寺にあったのが、壊れていたので、絵所法眼徳悦が彩色して寛
永元年(1624)増上寺に安置したとある。三尊に元和10年(1624)の徳悦による彩色銘あり内容を裏付けるが、長門国
泰然寺については全く不詳。制作年代、伝来については、さらに考察を深める必要あるが、宗貞没後であるなら17世
紀初頭ごろ。

10月1日
奈良県立万葉文化館
開館10周年記念特別展 大飛鳥展
(10月1日~11月13日)
 同館の10周年記念の展覧会で、飛鳥時代の仏像や文化財を多数集めるとともに、明日香村内の仏像・仏画を集め
る。主な出陳資料を列記すれば、堺市博観音菩薩立像、藤井斉成会有鄰館の貞観13年(639)銘仏坐像、白鶴美の金
堂五尊板仏、向原寺の観音菩薩立像(かつて盗難被害を受け、昨年発見されたもので、頭部のみ飛鳥時代)、法隆寺
の夢違観音、金堂木造天蓋天人像、日光月光像(六観音のうち)、正眼寺の誕生釈迦仏像、野中寺の弥勒菩薩半跏
像、新出資料である川原寺十二神将像(平安前期)、橘寺日羅立像、聖徳太子絵伝、長安寺薬師堂の薬師如来坐像
と四天王(平安後期)、岡寺仏涅槃像、仁王像等々。「飛鳥」をキーワードにした大仏教美術展で、壮観。明日香村内の
仏教美術を集約して見る機会としても、とても貴重。再訪したい。図録あり(148ページ、2000円)。

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
特別展 仏教伝来
(10月1日~11月20日)
 仏教伝来とその受容、展開の諸相を考古資料(特に軒丸瓦)を中心に展観。大和文華館の「庚□」銘金堂釈迦如来
坐像のほか、セン仏(川原寺裏山遺跡出土、夏見廃寺出土、海会寺出土、加守廃寺出土、石光寺出土、小山廃寺)や
塑像片、三重県・鳥居古墳出土の押出仏など。展示の最後に「現代と仏教」という章を設け、東大寺の活動をもって現
代仏教を語る。その試みは尊いが、古代から現代へといきなり接続するのは唐突で、中世・近世・近代を通じて現代に
いたる仏教の連続性を提示すれば「仏教伝来」の歴史的位置づけの大きさをより明確にできたのではとも思う。図録あ
り(100ページ、700円)。

10月10日
大津市歴史博物館
特別展 神仏います近江 日吉の神と祭
(10月8日~11月23日)
 特別展「神仏います近江」は、大津市歴史博物館・滋賀県立近代美術館・MIHO MUSEUMの3館が、各館の特色を活
かしながらテーマ設定し、会期を重ね合わせ、共通の分厚い図録(512ページ!、2400円)を編集して開催する。
 大津歴博(大津会場)では日吉神を基軸に神像・神祭りの種々相を提示。展示室冒頭では、展示台と壁面を落ち着
いた赤色で大胆に彩り、そこにずらりと並び居る神像群と相まって、優れた展示空間を構築する。小槻大社の男神像
(平安前期)は弘安4年(12881)銘の宮殿に安置され、伝来状況をも展示で提供していて貴重。地主神社の僧形神像
(平安前~中期)は、眼球の膨らみを強調しつつ眼自体は表現しない。全体として雄偉な風貌で、かつ胸前で笏をとる
特徴的な姿。古様を多くとどめ、本像単独では制作時期をあげたくなるところ(展示では10~11c)。同行した子は矢川
神社女神像のうち面相表現のないもの(展示番号10-2)に関心をもち、「神様はほんとは透明で、顔がわからないから
と違う?」との感想。プリミティブな表現を神観念の原型に近いと捉えれば、依代に目鼻は不要という判断は可能であ
る。またあるいは「畏れ」の感覚も視野に入ってくる。先の地主神社の僧形神像や鉈彫像でも同様の問題があり、重要
なテーマ。子はこれを「カオナシ」と名付けた。ナイス。

滋賀県立近代美術館
特別展 神仏います近江 祈りの国、近江の仏像―古代から中世へ―
(9月17日~11月20日)
 滋賀近美(瀬田会場)では滋賀県内から、近年の研究成果を踏まえて特徴的な作例を集める。善水寺帝釈天立像と
永昌寺地蔵菩薩立像が並んで展示され、風貌、体躯の立体表現、衣紋などの細部処理など、尊格が異なるのに瓜二
つの姿を実際に見ることができ、貴重。10世紀善水寺本堂諸尊造像時に同一工房で同時に造像されたもの。また、鎌
倉時代前期の仏師経円による作例として仏心寺聖観音立像、金剛輪寺阿弥陀如来坐像と、経円の可能性が極めて
高い仏心寺地蔵菩薩立像、常照庵阿弥陀如来坐像の4躯を全て展示。同じ愛荘町内に集中的に残る経円作例の位
置づけを考える上で、貴重な機会(金剛輪寺阿弥陀は10/10で展示終了)。金剛輪寺阿弥陀を見ながら、子に結跏趺
坐を体験させてみる。福泉寺阿弥陀如来は貞応元年(1222)銘を持つが、定朝様式を色濃く残す堅実な作であり、銘
記がなければ平安末~鎌倉初期としてしまうところで、様式論の難しさをつくづく感じる。

MIHO MUSEUM
・特別展 神仏います近江 天台仏教への道-永遠の釈迦を求めて-
(9月3日~12月11日)
 MIHO MUSEUM(信楽会場)では、釈迦入滅、釈迦誕生の因果、大乗の菩薩と他浄土の仏、仏遍満する宇宙、奈良
時代の仏教、法華経と最澄、比叡山の最澄、天台密教の興隆と章立てし、仏教の展開と天台宗という観点で展示を構
築。彫刻資料では、善勝寺千手観音立像は近年の年輪年代法による調査で11c初頃の造像の可能性が高まった作
例。舎那院薬師如来坐像は、残念ながら展示替えでなし(11/1から再展示)。園城寺不動明王坐像も近年発見された
平安初期の作例で、展示にあたって修理され、後補の玉眼に紙を貼って彫眼風にして、「面目」を一新した。分厚い側
面観は9cの要素。松禅院菩薩立像も近年見出された比叡山最古の木彫像(9c)。絵画作品も集めるが、会期が長い
ため展示替えが5期に渡って行われる。5期はちょっと多すぎると個人的には思う。
 3会場を通じて、出陳資料中における琵琶湖文化館の寄託品比率はやはり大きい。実態としては3館連携ではなく4
館連携であることを強調したい。琵琶湖文化館問題については、施設の廃館が決定し、収蔵資料の行き先について協
議中。どのような形であれ「琵琶湖文化館コレクション」はその歴史的経緯や記憶も含めて、未来に引き継がれて欲し
い。

10月16日
岡山県立博物館
特別展 法然上人と岡山
(10月7日~11月13日)
 開館40周年事業として、美作国稲岡荘に漆間時国の子として生まれた法然について取り上げる。前半は知恩院本法
然上人絵伝(国宝)や当麻寺奥院本の法然上人行状絵巻(重文)など縁起を利用して法然の生涯を紹介し、後半は浄
土教美術という枠組みで優品を集め、最後に法然生誕地に創建された誕生寺の文化財を集める。近年見出された知
恩寺阿弥陀如来立像は作風から12世紀末ごろの快慶作とみて間違いない優れた作例。明恵が法然の専修念仏を批
判した摧邪輪は鎌倉末の最古の写本である仁和寺本を展示。ほか絵画では浄厳院阿弥陀聖衆来迎図(重文・平安時
代)、清凉寺十六羅漢(国宝・北宋)のほか、清浄華院浄土五祖像(南北朝時代?)は中国風が顕著な五幅セット。彫
刻では、弘法寺被仏(迎仏)は人がすっぽりとかぶって行道するための仏像で、総高2m50㎝ほどに達する鎌倉時代中
期の阿弥陀如来像。髙野神社随神像は応保2年(1162)銘をもつ像で、法然の出身氏族である漆間氏発願。同じく摩
賀多神社の文殊大明神坐像は応安3年(1370)仏師定忍の作で、漆(間)時重が施主。南北朝期の神像彫刻としても
貴重な作例。誕生寺の阿弥陀如来立像は鎌倉時代前期頃の作例で像内に納められた摺仏も展示。想像していた以
上に充実したラインナップで、近畿圏の浄土宗関連資料の優品とともに、地域に残る法然関連資料・浄土信仰資料を
フォローしていて、見応えあり。特に展示の第四章「誕生寺の歴史と文化財」の意義を大きく評価したい。図録あり(120
ページ、1200円)。

兵庫県立考古博物館
特別展 みほとけの考古学-中世民衆と仏教信仰-
(10月1日~11月27日)
 中世の仏教信仰に関わる出土資料を軸にして、祈りの諸相を展観。川西市の栄根寺薬師堂本尊薬師如来坐像(県
指定)は、阪神淡路大震災の際に文化財レスキューで救出された像。頭隊通じて一木より木取りし、膝前にわずかに
別材を矧ぎ付ける。展示では平安時代後期とするが、量感にあふれ、肩も少しいからせた古様な作風は平安時代前
期、9~10世紀初ごろの特徴。一昨年重文指定された円教寺の性空上人坐像は、正応元年(1288)慶快の作。頭部内
面に性空の遺骨を瑠璃壺に入れて納める。豊岡市の妙楽寺遺跡群出土の地鎮のための密教法具類は、大型で阿弥
陀三尊・弥勒三尊を鋳あがりよく表した錫杖頭(重さ2756gとのこと)や、やはり大型の宝珠杵や六器など、鎌倉時代の
優れた一群。考古資料では経塚出土資料も多く展示。絵画では中山寺の中山寺参詣曼荼羅(桃山時代)。考古系の
博物館らしからぬ(?)バラエティに富んだ資料選定で、どれも間近に鑑賞できる貴重な機会。図録あり(66ページ、999
円)。

11月13日
滋賀県立安土城考古博物館
特別展 武将が縋った神仏たち
(10月15日~11月20日)
 武将がすがった「軍神」に注目し、多様かつ特殊な神仏の数々を集める。展覧会として類例の少ないテーマであり、
初公開資料も多数。和歌山・親王院の将軍地蔵像は絹本著色で、背中合わせに双身の着甲菩薩像が描かれる特殊
な図像。長野県・永福寺の飯縄権現立像は銅造で、白狐に立つ烏天狗の姿を示し、光背裏面に応永13年(1406)大工
源祐正の作の銘あり。妙見菩薩像は、千葉県・妙光寺像(鎌倉時代)、千葉県・東庄町公民館像(鎌倉時代)、東京都・
読売新聞社像(正安3・1301)など。埼玉県・密厳院の妙見菩薩立像は、やや年代を把握しにくいが、量感ある体躯の
表現、鎬立つ衣紋など、中世の要素が濃厚で、14世紀頃までさかのぼる可能性も。ほか、三井寺尊星王立像、鎮宅霊
符神像や、山梨県・熊野神社ほかの刀八毘沙門天像、長野県・開善寺の摩利支天坐像(室町時代)などなど。昨年修
理によって銘記が確認された京都府・西方寺の豊国大明神(豊臣秀吉)坐像は、慶長8年(1599)七条仏師康住・康厳
による。ごく初期の秀吉像の作例であり、他の秀吉像に見られる風貌の理想化があまり見られず興味深い作例。図録
あり(108頁、1100円)。

11月16日
大分県立歴史博物館
開館30周年記念特別展 仏さまの“ひみつ”
(10月21日~11月27日)
 仏像や仏画をさまざまな分析法によって調べた成果を提示。もっとも重要な成果は、天福寺奥院に安置される朽損
が進む木彫像について、従来平安中期とされてきたものが、炭素14測定法により奈良時代~平安時代初期の可能性
が高まったこと。様式論的にもいくつかの作例は奈良時代で問題なし。やや判断が難しいものについても予断を持た
ずに検討することが、彫刻史の発展のためにも必要だろう。なお展示では7躯がならぶ。ほか顔料の蛍光X線分析の
成果や、阿修羅像複製ほかを用いてレプリカの意義についても提示。ほか、柞原八幡宮の伝阿弥陀如来立像(重文、
7c)、小武寺の薬師如来立像(県指定、12c)と倶利伽羅竜剣(重文、12c)、大川寺の普賢延命菩薩坐像(重文、10
c)、萬弘寺の釈迦如来坐像(県指定、文和3年<1354>など実物資料も多数。上記炭素14法による詳細な調査成果も
掲載された図録(110頁、1700円)あり。

耶馬渓風物館
特別展 羅漢寺展-羅漢寺の重宝、旧宝大公開-
(10月15日~12月18日)
 風光明媚な奇勝の地、耶馬渓の古刹羅漢寺の文化財を展示。羅漢寺は暦応元年(1338)、円龕昭覚による開山。奈
良時代の銅造観音菩薩立像、南北朝時代の金銅製舎利塔のほか、南北朝~室町時代の石造物のほか、近世の書
画など。もと羅漢寺に伝わり明治時代に流出した、京都・廣誠院所蔵の十八羅漢像が里帰り展示。明代・16世紀と判
断されているが、もう少しあげたくなる出来。図録はないが、A3二つ折りカラーのリーフレットあり。

羅漢寺
 近世、耶馬渓は頼山陽が紹介したことで著名となり、中国画の光景がここにあるとして文人たちに賞賛された。現地
を訪れてみると、崖や自然地形による岩橋など、まさしく中国をそのまま移植したかのような景観が広がる。羅漢寺境
内には南北朝時代のものを多数含む釈迦三尊・五百羅漢や十王などの石仏群が林立していて圧巻。未公開ながら、
平安時代後期の妙見菩薩坐像が伝来している由。あるいは山岳修験の寺院が元あったのだろうか、とも想像。

求菩提資料館
 特別展 豊の国 修験道の世界-頼厳とその周辺-
(10月18日~12月4日)
 修験道の拠点である求菩提山や京筑地域の山岳寺院の文化財を集める。求菩提山の中興の祖頼厳関連では、国
玉神社・頼厳坐像(県指定、13世紀)、康治元年(1142)頼厳により埋納された銅板法華経(国宝)、頼厳供養のための
長寛元年(1163)銘石柱塔婆(大分県立歴博蔵)など。ほか、如法寺・如意輪観音坐像は応永32年(1425)銘をもち、蔵
持山神社の十一面観音掛仏は宝治7年(1247)銘がある優品。また岩洞窟内に安置の薬師如来坐像(12c頃か)、菩
薩形立像(9~10c頃か)、永正山源正寺旧蔵と伝える天部形立像や地蔵菩薩立像(11~12c頃か)など、朽損した木
彫像を集めているのも貴重な機会。常設展示「求菩提山修験道の世界」にも、平安中期の神像をはじめ、仏像が多
数。満喫。図録あり(38頁・500円)。

天福寺奥院
 六郷満山に向かう計画だったが、朝、大分歴博で天福寺奥院の仏像を見て、居ても立っても居られず、現地を訪れ
てみることに。簡単な観光マップで場所の目星を付けてみたが、看板などはなく迷う。農作業中のおじさんに聞いてよう
やく発見。林道から急な山道を心臓をばくばくさせながら上る。オーバーハングしてひさしとなった崖内に堂がたてられ
ているその光景に感動する。堂内には、本尊の不動明王坐像(平安時代後期)のほか今も朽損した仏像群が林立す
る。ふり返ると、これまた山水画のような光景。大分はすごいところだ、との思いを強く抱いた。

11月19日
和歌山市立博物館
特別展 祇園南海とその時代
(10月22日~11月27日)
 日本文人画の祖と称される祇園南海の書画を集める、25年ぶりの特別展。若年のころから漢詩の才能が抜群で、書
に堪能で、画をよくし、紀州藩に仕える儒家であり、まさしく文人の鑑。従来より知られた代表作を追跡して集めるととも
に、新出資料も多数あって、祇園南海研究が高い水準で前進した。南海が所持し、跋文を記している伝唐寅筆山水図
巻(個人蔵)とともに、その図様を元に描いた五老峰図(田辺市立美術館)、天台石橋図(個人蔵)と近年見つかった峰
下鹿群図(個人蔵)が並び、中国の画譜からの図様摂取のありかたも丁寧に提示され、南海の中国画学習のあり方が
具体的に理解できる。展示では新出の最初期のものと見られる墨画(従来認識されていなかった印を南海のものと比
定できた)、書の優品も多数並ぶ。関連して柳沢淇園、彭白百川、上野若元、祇園尚濂の画や、唐金梅所宛南海書状
なども展示。充実の内容。図録あり(116頁、800円)。

11月21日
醍醐寺(福知山市猪崎)
 本務は休みの日だけれど、京丹後市史編纂のお仕事で、早朝から京丹後市入り。市内寺院の調査・撮影が終わっ
て少し時間があったので、地道で福知山市に向かい、醍醐寺へ。寺名の由来は、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔
って建立したことによるもの。臨済宗南禅寺派。お目当ては本尊の薬師如来坐像。像内銘に「大日本国丹波国天田郡
庵我庄/木塔山醍醐寺本尊薬師瑠/璃光如来 奉作元亀二年辛未/八月七日時住持比丘眼光恵透并本願/大学
周文知蔵禅師於本寂巳後成就也」(像内前面)、「七条大仏師左京法印康秀子/同大夫法眼康正作」(像内背面)とあ
り、元亀二年(1571)七条仏師康正作と分かる。素地仕上げで唐様をベースとするやや生々しい作風は戦国時代らしい
もので、後の康正の、自らの父祖の様式に昔帰りした鎌倉時代風の端正な作風はまだ見えない。その転換点は慶長
年間、三十三間堂・東寺・醍醐寺の諸損像の修理に携わる中で得られたものだろう。拝観後、福知山市役所に立ち寄
って、『文化財が語る福知山の歴史』(平成9)と、市町村合併のあと今年春に跛行された『文化財が語る福知山の歴
史 補遺版』を購入。2冊で割り引き価格6300円ナリ。収録資料にはかぶりなし。前書の概説は中野玄三氏、補遺版は
井上一稔氏。勉強しよう。

11月23日
田原市博物館
渡辺崋山のにせものを見る
(11月12日~12月25日)
 「伝渡辺崋山」作の作品十数点を含む、約20点ほどの絵画・書簡から構成。「伝崋山」作品、確かに崋山の落款が入
っているが真作とはいえない作品が並んでいて、巷間に数多い偽物・贋作をあえて展示室に並べる挑戦的な機会であ
る。しかし、これら「にせもの」を何のために展示するのかという意図が表明されておらず、また作品解説がないため真
贋の見極めの基準が明らかにされていないのは残念だった。難しいチャレンジなので、態度表明をしないというスタン
スもあり得るが、「展示」という装置の可能性を広げるような、人間の真実を垣間見れるような前向きさが欲しかった(な
いものねだりですいません)。「贋作」も歴史資料であり、その受容のあり方をたどる作業が重要で、「真作-贋作」を
「善-悪」で切り取らないことが肝要だろう。図録なし。

西尾市岩瀬文庫
特別展 新・西尾市の文化財
(11月19日~1月15日)
 合併後の西尾市所在の文化財の一部を展観。個人所蔵の地蔵菩薩半跏像は、承久年中に足利義氏が建立した長
寿尼寺の元本尊像。鎌倉時代。法光寺地蔵菩薩半跏像は南北朝~室町時代の院派作例。養寿寺の絹本著色観音
菩薩像は高麗仏画。海蔵寺の雲板は暦応2年(1339)銘あり。ほか古文書や工芸品などなど。図録あり(44頁、800
円)。知多市歴史民俗博物館の「大野谷の文化財展」も行きたかったが時間切れで断念。

11月26日
神奈川県立金沢文庫
特別展 愛染明王-愛と怒りのほとけ
(10月15日~12月4日)
 叡尊鎌倉下向750年という節目を設定して、西大寺流律宗における愛染明王信仰を軸にしながら、愛染明王像の諸
相を紹介。院政期に王権護持、調伏、敬愛などの効権を求めて隆盛した愛染信仰の所産として、仁和寺円堂様の像と
して奈良博本(前期は細見美術館本)、個人蔵本などを、法勝寺八角円堂安置の愛染明王像を写した法勝寺図様の
像として、根津美術館本、醍醐寺白描本などを集める。醍醐寺の白描図像には台座が十二角形だったという書き込み
あり。所依経典である「瑜祇経」に、愛染王は白檀を用い五指を量等とするとあり、これに基づいて造られた小さな愛染
明王像や香合仏も集める。西大寺流の愛染像としては、善円の愛染像の前立ち像(北川運長作)、金銅製の称名寺
像、黒漆大神宮御正体厨子など。展示されていた、天皇即位法に関する口伝である輪王灌頂口決には「稲荷ハ即熊
野権現、熊野権現は即愛染明王、謂ク神倉也(中略)愛染三目即チ三ノ山と聞ケ給ヘリ」とあることが初めて示され、
熊野三山のうち新宮神倉の本地愛染明王が熊野信仰と中世王権を結ぶ接点となっていた(こともある)可能性も垣間
見えた。文庫の展示はいつも中世社会の深みと広がりに気づかせてくれ、ありがたい。図録あるも、売り切れ。図書室
で閲覧可。

鎌倉国宝館
特別展 鎌倉×密教
(10月15日~11月27日)
 鎌倉地方における密教の歴史とその造形的所産を集めて展観する。明王院不動明王坐像(五大明王像)は定慶作
と比定されるもの。側面からの立体造形はまさしく湛慶世代のもの。修禅寺大日如来坐像は実慶作。滋賀・園城寺(三
井寺)の不動明王坐像は鎌倉時代前期の優品。彫刻ではほかに五島美術館の愛染明王坐像(鶴岡八幡宮旧蔵資
料)、来迎寺の如意輪観音坐像、英勝寺宝冠阿弥陀三尊像龕、巨福呂坂町内会の歓喜天立像など。仏画では円覚寺
虚空蔵菩薩像、神護寺十二天像ほか。また明庵栄西坐像、退耕行勇坐像、極楽寺の密教法具なども。図録は売り切
れ。

遊行寺宝物館
特別展 熊野に惹かれて
(10月9日~12月19日)
 遊行寺(清浄光寺)所蔵の資料を中心に、熊野権現と時宗の関わりを提示する。初公開の役行者前後鬼像は室町
時代、熊野十二所権現像(元禄2年銘)、熊野垂迹三十三所観音像は室町時代、上段に笏を取る男神、衣冠束帯の
男神、僧形神が並び、背景に那智滝が流れ、下段に三十三所の観音像を配置する。ほか江戸時代の熊野成道図の
ほか、二河白道図や一遍上人縁起絵など。小書院安置の熊野権現像は像高13.2㎝、江戸時代作。図録なし。

東京国立博物館
特別展 法然と親鸞-ゆかりの名宝-
(10月25日~12月4日)
 法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌の記念展。両宗門の諸本山の協力で資料を集約し、師弟関係の中で同時代を
生きた両祖師の歴史的位置を、肖像、消息、聖経類や縁起絵巻、祖師絵伝などで位置づけ、また宗門を継承した高僧
たちの軌跡も同様に肖像・絵巻類から追い、それぞれの生涯や関わりを提示。彫刻では浄土宗所蔵となった阿弥陀如
来立像をはじめ、数は少ないながら厳選され出陳。奈良県・光明寺の阿弥陀如来立像(快慶初期の作例か)や、真正
極楽寺像を鎌倉時代に模刻した京都府・大念寺の阿弥陀如来立像など未見資料を間近に鑑賞できありがたい。大念
寺像、側面観はまぎれもない鎌倉時代彫刻で、模刻における正面観照の高さを認識する。展示後半は浄土教美術や
本山所蔵の名宝展。善導寺善導大師坐像や浄光明寺阿弥陀三尊像など、こちらも未見だったので本当にありがた
い。図録あり(383頁・2500円)。

11月28日
八尾市歴史民俗資料館
特別展 八尾の至宝-八尾市指定文化財20周年記念-
(10月8日~11月28日)
 最終日に滑り込み。八尾市内内に所在する指定文化財(国・県・市指定)を、実物とパネルで紹介する。お目当ては
玉祖神社の男女神像(府指定)。男神像は僕頭冠+前方に冠飾を伴う別の冠を二重に着け(ているように見える)、二
重の内衣と襟を高く立てた袍をまとい趺坐し、女神像は長い髪を中央で振り分け、内衣、ガイトウ衣をまとい、左膝を立
てて坐り、両手は立てた膝の上において持物をとる。古様な形式を多数残しながら、表現に穏やかさも含まれていて、
作風からは10c後半~11c初ごろの造像と判断されるが、同館の平成22年度特別展「高安の神と仏 人と信仰」展の際
に翻刻されていた河内国高安郡玉祖大明神之縁起には、「一条天皇御宇長保四年壬寅別当并神主歴於奏聞、新開
山麓勝地也、取山頂之神殿、奉遷今之地也」とあって、同社が長保4年(1002)に遷宮されたことが確認できる。作風と
も一致するこの年代は、神像の造像時期と判断しうるとても重要な情報である。神像の基準作例となる稀少な事例と思
われ、さらに研究を進めたいトコロ。ほか彫刻では南北朝期の武士の肖像である常光寺の伝又五郎大夫盛継坐像、
同寺の鎌倉時代の毘沙門天立像(以心崇伝安置と伝承)など。図録あり(96頁、700円)。鑑賞後、山をのぼって玉祖神
社参拝。八尾を見晴るかす雄大な眺望の地であることを実感。

12月3日
高野山霊宝館
企画展 弘法大師と密教儀礼
(10月1日~12月18日)
 朝から娘の幼稚園の行事があり、終了後、高野山に直行。山の中腹から厚い霧が立ちこめ、山上は視界が10mぐら
いの濃霧。展示ではさまざまな弘法大師の絵画作例を蔵出しするとともに、密教儀礼に関わる図像、法具、経典などを
展示。大師像では、竜光院の弘法大師二大弟子像(南北朝時代)は特殊な図像で初見。大師の両脇に僧形立像がた
ち、下方に不動明王と両頭愛染、上方に2躯の多臂像(尊名を忘れました)、最上段に宝珠・龍・瑞雲という構成で、同
図像の親王院本も。ほか、竜光院の秘鍵大師像、瑜祇大師像など。西南院の大威徳明王像(鎌倉時代)は、牛の背の
輪宝上に六足の大威徳が片側の3足を振り上げて立つ特殊な図像で周囲に金剛童子がとりまくもの。図録なし。平常
展では像内から銘文が発見された執金剛神像に関連して、深沙大将像が新館安置の四天王像の横に移動。以前か
ら快慶の可能性が指摘されていたが、銘文発見ですっきりしたわけで、次は快慶工房における手の違いをどのように
整理するか、という段階。金剛峯寺八大童子像や興福寺北円堂諸尊に見られるように運慶工房の手のそろい方はハ
イレベル。それに比べると、快慶工房は不揃い。どのような体制だったのだろうか。

12月11日
仙台市博物館
特別展 仏のかたち 人のすがた-仙台ゆかりの仏像と肖像彫刻-
(11月1日~12月11日)
 東日本大震災復興祈念の展示として、仙台市内の仏像・肖像を集約する。仏像は制作時代順に展示され、冒頭は奈
良時代造像の可能性が極めて高い十八夜観音堂の菩薩形立像。先般奈良時代の作という調査結果が紹介された、
表現が細部まで近似する大分県・天福寺奥院の菩薩形立像のパネルもあわせて展示され、東北と九州の作例比較と
いう古代彫刻研究上新たな、かつ重要な視点を提供する。西光院十一面観音立像も、朽損・補修はあるが、奈良時代
風を残す9世紀の彫像。ほか、高蔵寺や大郷町教育委員会所蔵の破損仏陸奥国分寺不動・毘沙門・十二神将の群
像、龍寶寺の清凉寺式の釈迦如来立像、小針薬師堂の建長6年銘薬師如来坐像、黒川神社の金剛力士像など中世
の注目作例を集める。また、特に地域権力の発願となる仏像と、領主・妻子の肖像(彫刻・絵画)を集め、近世の美術
資料から地域の文化的・宗教的な側面を浮かび上がらせる。展示冒頭のあいさつに、多くの人により守られている文
化財は大切な地域の誇りであり、地域の力である旨が示されている。文化財が地域と乖離しないことの重要性を改め
て噛みしめる。図録あり(132ページ、1300円)。
 展示は最終日に滑り込み、名取市、石巻市、女川町の津波被害地をまわる。被害の甚大さを、目に焼き付ける。和
歌山県も海岸線が長く、各地の光景は、和歌山のあの町、あの湾、あの浦にそのまま重なってみえた。東南海大地震
が必ず起こると予想される中、被害を減らす平時の備えと、緊急時のシステム作りが必要と痛感。
 翌日は仙台東照宮、陸奥国分寺、大崎八幡宮、龍寶寺、瑞宝殿を巡るとともに、東北学院大学博物館で牡鹿町文化
財収蔵庫被災資料レスキューの取り組みについてレクチャーを受ける。繰り返し発生するカビ、腐敗、塩害による劣
化、水洗い後の乾燥不全など、さまざまな困難が山積する中、それでも前を向いて、資料を未来へ伝えるという強い意
志に触れる。

12月29日
達身寺
 朝から、祖母の墓参りに丹波市氷上町の岩瀧寺へ。独鈷の滝も拝み、子らは少し積もった雪ではしゃぐ。用事を終え
て、同町内の達身寺へ。重文12躯、県指定34躯、市指定33躯134片という仏像群が、新旧の収蔵庫2棟と本堂に分け
て安置される。新収蔵庫中央には平安時代末の本尊阿弥陀如来坐像・薬師如来坐像・十一面観音坐像(ただし寺で
は鎌倉時代初期説をとる)を安置し、同じ作風で法量も一致する地蔵菩薩坐像や、平安時代初期の薬師如来坐像ほ
か、状態の比較的よい重文作例が安置。もう一棟の収蔵庫と本堂にも、9世紀にさかのぼる菩薩立像2躯をはじめ、
多数の兜跋毘沙門天立像や天部形像、またあごひげを蓄えた神像と想定される像なども安置される。ほか、仏像の手
や、台座部品なども残る。10世紀~11世紀の菩薩像に集中的に、腹部が丸く飛び出した表現が見られ、達身寺様式と
称されているとのこと。不勉強でそうした用語を認識していなかったが、なるほど地域の仏像の類型的特色を端的に示
していると納得。百にせまる仏像群なら、その中で類型化できる特徴は、まぎれもなく地域の特徴だといえる。なお、快
慶が丹波講師であったことから、丹波地域あるいは達身寺仏像群との関連を結びつける説があるようだが、やはりし
んどい。大手前大学が、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業による研究プロジェクト「情報化による歴史文化遺産
の調査研究と保存活用の新手法」で3年計画でこれら仏像群の再調査を行うとのこと。どんな成果がでるか期待した
い。

1月15日
奈良国立博物館
特別陳列 おん祭と春日信仰の美術
(12月6日~1月15日)
 恒例のおん祭展に最終日に滑り込み。今年度は東大史料編纂所と協力で、春日大社所蔵『大東文書』の調査成果
を反映させた内容。図録(80ページ、1500円)には大東延和「春日の神々に使えた社家の歴史」、末柄豊「春日社社家
の記録文書類の伝来-大東延慶の果たした役割」など掲載。展示では祭礼のうち、競馬、相撲にも注目。箱書きに山
辺郡勝原荘の春日講本尊として元亀2年(1571)に作られたことが記される春日宮曼荼羅(個人蔵)は、社殿前に笏と
宝珠を執る貴人を大きく描く珍しいもの。神を顕現させた背景は、個別の特殊事例だろうか、それとも戦国期までの南
都で醸成されていたバリエーションの一つだろうか。なら仏像館で弥勒寺の弥勒仏坐像と金剛寺の降三世明王坐像を
堪能。

1月21日
長講堂
京の冬の旅 非公開文化財特別公開 長講堂
(1月7日~3月18日)
 本堂・御影堂の諸尊像が公開中。本堂の阿弥陀三尊像は平安時代末(重文)。院尊造像か。両脇侍が外側の足を
垂下させる当該時期においては珍しい作例。奈良風という解釈もありうるが、宋仏画風とも、当麻曼荼羅など阿弥陀浄
土図風ともいえる。ほか本堂では、塔頭法光庵本尊の阿弥陀三尊像(鎌倉時代)なども公開。御影堂の後白河法皇像
(重文)も開帳。明暦4年(1685)、七条仏師の康知作。かつては鎌倉時代彫刻とみなされ指定されたという話があった
と思うが、近世初頭の七条仏師における鎌倉様式の学習の成果。

平等寺
京の冬の旅 非公開文化財特別公開 平等寺
(1月7日~3月18日)
 因幡薬師の通称で著名。本堂参拝し、因幡堂縁起の複製など拝観。収蔵庫内では、本尊の薬師如来立像(重文)に
ご対面。平安時代半ば、10c末の作。頭上の座布団は、火事の際に厨子ごと持ち出せる構造となっていて、移動時の
破損を防ぐクッションとのこと(ちなみに、本堂外陣の地蔵菩薩坐像脇の弘法大師像も帽子かぶってた)。他、やや小
ぶりな清凉寺式釈迦如来立像(重文)は鎌倉時代の作。如意輪観音坐像(重文)は面相部に修理の手が入っている
が、鎌倉時代前期の慶派仏師の手になり、定慶に代表されるいわゆる宋風の作例。

2月4日
神奈川県立金沢文庫
 興正菩薩叡尊鎌倉下向750年記念Ⅱ 仏像からのメッセージ 像内納入品の世界
(12月9日~2月5日)
 会期終了間際に滑り込む。仏像の像内に納める像内納入品を西大寺流律宗の関連作例を中心に多数集め、造像
の精神的背景を探る。納入品の区分は、舎利・舎利容器、心月輪、五臓六腑、経典・真言・陀羅尼、仏像、願文・結縁
交名、印仏・摺仏(及び紙背文書)に分ける。西大寺・大黒天立像は建治2年(1276)善春作の可能性が高い作例で、
像内に納められた曲物容器に入った弁才天掛仏は、掛仏の年代観を考える上でも貴重。文化庁・阿弥陀如来立像は
像内に未開敷蓮華型容器を4段重ねて入れる特殊なもので、納入品のうち観無量寿経に文永7年(1270)の奥書あり。
4段の未開敷蓮華にどんな思想が宿っているのか、興味深い。大通寺・阿弥陀如来立像は、納入された日課供養の印
仏の紙背に、寿永元年(1182)のものを始め鎌倉前期頃の文書が多数。像自体の作風は典型的な定朝様ながら、面
相表現にやや意志的な要素が含まれる。とはいえ造像年代をどう捉えるか、悩ましい。像内納入品とは、仏像に託さ
れ込められたことで奇跡的に遺された過去の記憶(メモリー)である。そうした記憶に接することで像自体の見え方が変
わることこそが重要で、例えばチラシ等の大黒天に弁才天掛仏を重ねるイメージは秀逸。像と納入品を乖離させないこ
との重要性を改めて考える。図録あり(64頁、1300円)。

多摩市立複合文化施設パルテノン多摩歴史ミュージアム
 企画展 「消えた寺」が語るもの~多摩市の廃寺と寿徳寺の周辺~
(11月18日~3月12日)
 かつて存在し、そして廃絶した寺院に着目してその消息をたどる。展示資料は古文書と小さな仏像類が過半で、また
展示スペースも大きくはないが、地域にのこるあらゆる資料(有形・無形)を横断的に把握することで、地域の歴史の連
続性を明らかにしている意欲的な展示。展示室内の「おわりに」バナーから、少し長いがそのコンセプトを抜き書き。
「廃寺となったからといって、すべてが「消える」のではありません。寺院にあった什物は別の寺院に受け継がれていき
ます。またその名称や事蹟は、伝承や地名として人々の記憶に残されていきます。建物の跡は土中に残っていきま
す。寺院と密接につながる神社にその痕跡や伝承がが遺される場合もあります。「消えた寺」はその存在や痕跡を、現
在もさまざまな形で私達に示し続けているのです。そしてこれらの「消えた寺」の姿を見ていくことにより、かつての地域
社会やネットワークの姿も確認することができます。」 図録なし。ただし2010年の企画展「開発を見つめた石仏たち-
多摩ニュータウン開発と石仏の移動-」の図録が昨年末に発行されている(54頁・500円)ので、展示終了後に発行さ
れるのかも知れない。

東京国立博物館
 特別展 北京故宮博物院200選
(1月2日~2月19日)
 来館者が多いので、肩越しにチラチラと眺めながら進み、趙孟?筆の水村図巻のところはなぜか空いていたのでじっく
り鑑賞。中国絵画史に詳しくないので目前の作品を見るだけで無条件に感動できるわけではないが、この風景と作画
態度が最上とみなされたことを意識し、見る側の感覚をチューニングしてあわせてみる。遠景になだらかに連なる山な
み、手前に芦辺と民家、人。何気ない景観とそれを見る私。流れる時間。かけがえのない瞬間。文人が描くのは名勝で
も奇勝でもなく(また自然そのものでもなく)、その瞬間の心の定着(および共有)であるのかなあと、考える。何事も様
式の生み出された初期のものは、自由な伸びやかさがあるなあと、ようやく感動する。図録あり(360頁、2500円)。清明
上河図巻の拡大画面の印刷、かなり高精細でお得。

特集陳列 日本の仮面
(12月6日~2月5日)
 会期終了間際に滑り込み。館蔵品、寄託品から、土面・舞楽面・行道面・追儺面・能面・狂言面をチョイスして展示。
天野社旧蔵の行道面のうち、持国天、功徳天、那羅延堅固(旧名称:緊那羅)、五部浄居(旧名称:炎魔天)をじっくり
鑑賞。これらは天野社一切経会の際の行道で用いられたと考えられるものであるが、南北朝時代のはじめごろには大
規模な行道はすでに行われていないようで(野上荘土貢相節状)、室町時代後期ごろには仮面も散逸し、現在残る程
度の量しか同社にはなかった(天野社宝蔵楽具注文)。実際にどんなまとまりであったのかはよくわからない。名称は
従来のものから変更されているが、仮面裏(及び天野社宝蔵楽具注文)に記される名称も捨てがたい(ただしそれだと
持国天は持闕天になるが)。図録なし。東博には仮面を常設する展示室があってもいいのになあと思う。

2月18日
奈良大学博物館
企画展 文化財はいかに守られてきたか-保存修復 そして戦争・災害・開発・環境-
(1月16日~5月19日)
 文化財がいかに守られてきたかを、1、文化財の継承、2、文化財の被災、3、文化財を救い・まもり・伝えること、と
いう3章に分けて、展示室外のケースやロビーも活用して紹介。展示の力点は2章にあり、災害、戦争、開発・環境、火
災・その他に分けて資料を展示。「災害」では岩手県野田村図書館で津波の被害にあった図書(保存処置前、大学に
寄贈されているとのこと)、岩手県陸前高田市立博物館の津波被害を受けた植物標本(保存処置済み)、宮城県南三
陸町西光寺で津波被害を受けた近世の簿冊(保存処置済み)といった奈良大学が関わって行われた文化財の保全活
動を示す。ほか、戦時中の文化財の疎開に冠する文書やパネルなども。奈良大学がはぎ取り保存の処置を行った喫
茶店バンディアミールの河島英五の壁画や、川から引き上げ保存処置されたカーネル・サンダース像も展示するなど、
「硬い展示」に「柔らかい展示」も同居させている。両者の展示手法を変えてもよかったのでは。図録なし。

東大寺ミュージアム
特別展 奈良時代の東大寺
(10月10日~2013年1月14日)
 行きそびれていた東大寺ミュージアムをようやく訪問。東大寺総合文化センター内に東大寺図書館やホールと同居
するというかたち。大きなケース内に安置の不空羂索観音像と日光・月光菩薩立像をじっくり鑑賞。このケースでの展
示が、今後どのように変化していくのか楽しみ。特集展示「二月堂修二会」(2月7日~4月1日)では、巨大な二月堂再
建地割図や東大寺寺中寺外惣絵図、二月堂修中練行衆日記などを展示。こうした一見地味でも、東大寺史を紐解く重
要資料の展示は極めて重要で、東大寺にはまた、そうした展示を体系的に行いうる資料と、学僧を含めた研究の蓄積
と伝統がある。東大寺の知の殿堂としての東大寺総合文化センターの方向性を少し感じ取れたように思う。特別展の
図録あり(210頁、1500円)。子を連れて、大仏殿参拝。菩提樹の実の数珠を義父や義祖父母に購入。子に鹿せんべい
を渡して鹿と戯れさせる。遊園地連れて行くよりスリルがあって安上がり。

3月5日
貝塚市郷土資料展示室
特別展 水間寺の歴史と寺宝
(2月4日~3月25日)
 文化8年(1811)に再建された水間寺本堂の再建後200年を記念して、水間寺関係資料を展示。スペースが小さいの
で展示内容は限定的であるが、享保期の水間寺縁起や元禄7年(1694)の水間寺境内絵図、南北朝時代~戦国時代
の文書写や、近世文書などを展観。注目は、行基が水間大滝で龍神から聖観音像を拝受したという水間寺縁起の内
容に関連して寺に伝わった「龍掌」で、龍が自らの腕をもいで残したとされる、龍の手のミイラ。実際はおそらく、動物の
骨を芯に肉付けして、爪には鶴や鷺などの嘴を取り付けたものだが、龍の手らしく造形している。漆塗りの箱に金網を
張って見えやすくしていて、縁起の唱道に用いられたと思われる。キワモノというなかれ。近年の研究水準からいえば、
こうした資料こそが水間寺の近世信仰史の具体像を浮き彫りにする上で重要な資料となる。ミイラ好きはお見逃しな
く。図録なし。

3月11日
堺市博物館
企画展 開口神社と堺
(2月11日~4月1日)
 堺市内の古社、開口神社(あぐちじんじゃ)の中近世のあり方について紹介。重要文化財の大寺縁起絵は元禄3年
(1690)の作、絵を土佐光起、詞書を近衛基熙ほかが記す。大寺は開口神社の別当念仏寺のこと。この縁起の白描下
絵は堺市博に所蔵される。ほか社蔵の中世文書を多数展示。もっとも古い文治3年(1187)尼妙恵一切経蔵三昧僧供
料田寄進状には、花押ではなく、指の長さを示す線を「斗」の漢字のように縦横に引いた指画印が記され、珍しい。図
録あり(46頁・300円)。概説は丁寧な考証がなされていて有益なので、展示でも、そうした学芸員の真摯な考証の課程
を(たとえごちゃごちゃしても)一つ一つの資料にしっかり付随させれば、資料から歴史が立ち上がる瞬間を共有でき、
感動もひとしおとなる。長男は土器パズルに夢中。
 鑑賞後、近隣にある自転車博物館サイクルセンターに初訪問し、自転車の歴史をお勉強。絵巻物は素通りした子ど
もが古い自転車に興味津々(当然でしょうが)。開催していたイベント「手作りおもちゃ教室」で牛乳パックのレーシング
カー作りも参加。子どもはさわったり作ったりが好きだが、その先の「考える」ををいかに組み込むかが大事だなあ、と
自問自答。

3月17日
細見美術館
細見コレクション名品選 麗しき日本の美-祈りのかたち-
(2月7日~4月1日)
 細見美術館所蔵の仏教美術の優品をセレクトして展観。鎌倉時代の千手観音二十八部衆像は旧表具の墨書から紀
の川市(旧打田町)の福琳寺旧蔵とわかるもの。三十三身が頭上に浮かぶ群像を一幅に納める。また細見古香庵が
熊野滞在時に入手したという掛仏群は、痕跡から全て土中していたものながら、鏡板も多く附属している。出土地が分
からないのは惜しいが、新宮周辺か。ほか、慈雲尊者の墨蹟や肖像、密教法具の優品、聖教などバラエティーに富む
ラインナップ。図録なし。

龍谷ミュージアム
開館記念・親鸞聖人750回大遠忌法要記念 釈尊と親鸞
(6期:2月4日~3月25日)
 一年にわたって6回の会期を区切って、各会も頻繁に展示替えを行って開催してきた同展。現場の大変さを思うと、
自然と頭が下がります。総出陳点数はいったいいかようになるものか。第2期しか鑑賞できていなかったので、なんと
かもう一回と、再訪。慶派仏師による鎌倉初期の作例である茨城県・願入寺の阿弥陀如来立像は、東日本大震災で
転倒破損し、修復されたとのこと。三重県・善教寺の阿弥陀如来立像は仁治2年(1241)銘のものを始めとする納入品
から熊野信仰との密接な関係を示すもの。ほか愛知県・妙源寺の光明本尊(鎌倉時代)など真宗の重宝多数。各会期
ごとの図録あり。

3月25日
パラミタミュージアム
開館10周年記念特別企画 真宗高田派本山専修寺開山聖人750回遠忌報恩大法会記念
高田本山の宝物と文化財展-信仰とその証-
(第1期3月4日~3月19日 第2期3月20日~4月2日 第3期4月3日~4月16日)
 真宗高田派本山の専修寺に伝わる重宝と、三重県下の高田派寺院所蔵の仏像を展示。専修寺からは、親鸞聖人像
(鎌倉時代)や南無仏太子像(鎌倉時代)、親鸞聖人伝絵(重文・永仁3年<1295>)、阿弥陀三尊像(重文・高麗時代)
等仏教美術のほか、茶道具など。仏像では、光善寺所蔵の薬師三尊像(重文)は、量感あふれる重厚さのなかに穏健
さへのきざしが見られる10世紀初頭頃の作(展示は第2期まで)。延命寺の薬師如来坐像も重厚かつ引き締まった作
風で、補作も多いが根幹は9世紀にさかのぼる。龍泉寺阿弥陀如来立像は像高36.9センチの小像ながら、宋画写しの
執拗にうねる衣紋が特徴。特別出陳として、快慶風が顕著な大御堂寺阿弥陀如来立像も。足ほぞに応永33年(1426)
銘と、「親鸞上人御彫刻」の銘あり。三重県内の美術館・博物館で、近年仏教美術をまとまって拝観する機会がめっき
り減っていたが、今後パラミタミュージアムがその機能を果たしてくれそう(新館建設中の三重県博や四日市市博の復
活にも大きく期待)。図録あり(64ページ、1000円)。

今年度訪問した館・寺院等はのべ86ヶ所、鑑賞した展覧会は63本でした。